毎月の研修は加盟店の店内で実施することもあります。
ゼミナールでの分科会です。
最新の学術発表などを受講し専門的な知識を深めます。
湧永製薬の営業からの提案についてディスカッションしています。
実際の商品を手に取って勉強します。
加盟店の成功事例発表について研鑽します。
1月 | 正副会長会、常任理事会、理事会、連長会など |
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2月 | 正副会長会、部会長会など |
3月 | 春期ゼミナール |
4月 | 春期ゼミナール |
5月 | 正副会長会、常任理事会、新入会員セミナー |
6月 | 連長会 |
7月 | ヤング全国大会、連長会、日本在宅薬学会学術大会 |
8月 | 正副会長会、常任理事会 |
9月 | 秋季ゼミナール |
10月 | 日本薬剤師会学術大会、正副会長会、常任理事会、来期連長会など |
11月 | 来期常任理事会など |
12月 | 歴代会長会 |
こんにちは。
今回、近畿第一連合会からご紹介させて頂くお店様は、大阪府羽曳野市のツダ薬品店様です。
羽曳野市は大阪府南東部の山々に囲まれた河内平野の内側に位置し、総面積26.45㎢、人口は約11万人です。
ぶどうとイチジクの栽培が盛んで古墳などの古代史跡の多い地として知られています。
また遠い海の向こうのアメリカ大リーグで投手として活躍中のダルビッシュ有選手の出身地でもあります。誇らしいですね。
店舗所在地は、近鉄電車南大阪線の恵我之荘駅の駅前線路沿いに位置しています。
5両目最後尾のホームに降り立つと「相談できるくすり屋さん ツダ薬品店」のブルーの看板が目に飛び込んできます。
実際に看板を見て途中下車をしてご相談にお越しになられる方もいらっしゃるそうです。
お店を経営されているのは現在副連合会長兼会計部長として近畿第一連合会を引っ張って下さっている志甫祐先生です。
満面の笑みで迎えて下さいました。
お店を訪問させて頂いたのが4月の小雨の降る中でしたが店舗内はとても明るく清潔感があり優しい雰囲気のBGMが流れており居心地の良い空間です。
店舗付き住宅で1階に店舗、2階3階が居住スペースになっております。
志甫先生にインタビューをしていると息子さんの元規くん(小6)がにこやかな笑顔で挨拶をしに来てくれました。続いて娘さんの和奏さん(中2)と奥様の聖子さんもご挨拶に来て下さいました。
今日のお店訪問をご家族で楽しみに待っていて下さったご様子で素敵な笑顔に思わずシャッターを押していました。
この様なあたたかいファミリーに囲まれて志甫先生は幸せ者ですね(笑顔)。
志甫先生は1976年大阪府柏原市で玉手山薬品様のご次男として生を受けられました。
高校を卒業後24歳までは好きなサーフィンをしながらバイト生活でフリーター暮らしをされていたそうです。
お父様からは「やりたいことを決めてその道に進め!」と教えられてきたそうですが、趣味が忙しくて中々やりたい事が見つからなかったそうです。
そんなある日、1965年創業のツダ薬品店先代当主である当時80歳の津田富美男先生が体調を崩されたので閉店しようとお考えでしたが、お客様にご迷惑をかけたくないという思いで後継者を探されている事をお父様からお聞きしたそうです。
心が動き考え悩んだ結果、ツダ薬品店を継ぐという大きな決断をしました。
そこからは猛勉強で、当時の薬種商の試験は難易度が高く合格率も低かったのですが見事無事に合格。
志甫先生の本気度MAX、お父様の教え通り本当にやりたい事が決まった瞬間でした。
当時の心境を振り返ると「部会への出席よりもヤング部会への出席が日専同へのファーストコンタクトでした。」と思い出深そうに笑顔で語られていました。
日専同歴は、2001年7月に入会後2006年から2009年ヤング部長2010年から2017年まで部会長(2016年から2017年は、筆頭部会長)2018年から2023年は、学術企画部長を歴任しておられました。
店舗を引き継いで1年後の再開発により150m先に移転。
2012年2月に現在の新店舗を開設しました。
店舗運営での基本理念は、「治すのは自分の力で」という事をお客様に理解していただくことだそうです。
自然治癒力を基本とするまさに日専同の綱領を理念にしておられます。
そのような行動に共感されたお客様から写真の阿伽陀(あがだ)と達筆で書かれた木製プレートや霊芝などを贈られて今でも大切に店舗に飾っておられます。
阿伽陀という言葉は仏語で無病・健康・不死を意味し。衆生の疾病をあまねくとり去る薬のことを表すそうです。ツダ薬品店様にピッタリですね。
志甫先生は、レオピンの服用歴も約40年以上続けており心身共に日専同の道を執行部メンバーとして日々猪突猛進しておられます。
最近は、後継者不足が多種多様な業種に広がっておりますが薬局・薬店も例外ではありません。
特に地域住民の憩いの場所として長年貢献してきた場所が店主の高齢化と共に減少してきております。
その問題解決の一翼を担った志甫先生には感謝の念しかありません。
取材が終わり電車に乗りツダ薬品店様の方を見ると志甫先生が両手を振って下さっていたので私も思わず手を振り返しました。
いつもこのように満足と安心でお客様の心を満たして見送っておられる光景が目に浮かびます。
志甫先生、ご家族の皆様お忙しい中取材に快く応じて下さり本当にありがとうございました。
記者/森賀小百合(近畿第一連合会情報部長)
● 父の想いを継いで、ひとり店に立つ
神戸市・中華街のすぐそば。賑やかさを感じる場所から、一筋路地に入った隠れ家的な落ち着いた雰囲気の薬局「神戸ファーマシー」はあります。
2023年1月に現在の店舗へ移転したこのお店を、一人で切り盛りしているのが岡本未佳先生。
店に入ると、「コーヒーが出てきそうだね」とお客様に言われることもあるという、やわらかく心地よい空気に包まれます。
● 会社勤めに憧れていた20代、そして30歳で薬局の世界へ
岡本先生は、もともと薬局で働くつもりはなかったそうです。
子供の頃の記憶に、薬局の良い印象がなかったためです。
そのため、初めは株式会社栃本天海堂に就職しましたが、退職するにあたり「何か仕事をしなければ」と考え、父に相談したところ、まずは日曜日だけ手伝うようになったといいます。
当初はスタッフも多く、日曜日のみの勤務でしたが、次第に金曜日も手伝うようになり、少しずつ店の中での存在感を深めていきます。
● 圭之輔先生とのあたたかい時間
三代目店主である小林圭之輔先生は、地域のお客様からもスタッフからも慕われる存在でした。
人柄と誠実さ、何よりも「人のために」という真っ直ぐな姿勢で、薬局を支え続けてきました。
言葉もよく交わす父娘で、二人で飲みに行くこともあったという岡本先生。
日々の仕事の話や、ちょっとした雑談、薬局への思いなどを、気取らず話し合える仲だったといいます。
お客様の声に丁寧に耳を傾け、過剰な提案はせず、その人にとって必要なものを見極めてすすめる姿。
そうした“父らしさ”を、岡本先生は自然と受け継いでいきました。
●父の死と、引き継いだもの
あるとき、管理薬剤師が60歳を迎えるタイミングで退職を決意。
もう一人のスタッフも離れ、薬局の人員体制は一気に厳しくなりました。
その後、岡本先生自身が新たな管理薬剤師に就任し、父とともに店を支える立場となります。
慣れない業務と責任の重さの中、できる限り父を支えようと奮闘していた岡本先生でしたが、その頃から圭之輔先生の体調は徐々に悪化していきます。
そして2013年7月、先生は静かに息を引き取りました。
大切な存在を失いながらも、「この店をなくすわけにはいかない」という想いのもと、岡本先生は薬局を引き継ぐ決意をします。
「父のようにはできないかもしれない。でも、私なりのやり方でしっかり守っていきたい」
その覚悟が、今も店を支える芯になっています。
● 父の“名残”が息づく、移転後の新しい店舗
2023年、老朽化した旧店舗から現在の場所へ移転。
内装もレイアウトも大きく変わりましたが、「父の名残は、確かにここにある」と岡本先生は語ります。
たとえば、接客のときの言葉遣いや間の取り方、お客様とのちょうど良い距離感。
目に見えない部分に、圭之輔先生のスタイルがしっかりと生きています。
「お客様と話していると、ふと父が使っていた言い回しが自分の口から出てきて、びっくりすることがあるんです」と岡本先生は微笑みます。無意識のうちにしみついている父の言葉。そこに流れる時間が、今もお店の中に息づいていることを感じさせます。
● 変わらぬ人気はもちろん「レオピンシリーズ」
神戸ファーマシーでは、長年愛され続けている「レオピンシリーズ」が、今も多くのお客様に支持されています。
そして、岡本先生が今おすすめしているのが「銀河水」。
1本1200円という価格に驚かれることもありますが、水にこだわるお客様には、その価値がしっかり伝わっているといいます。
お客様は50〜70代が中心ですが、最近では若い会社員の方が「病院に行くほどではないけど、ちょっとしんどくて」と訪れることも増えてきました。
そんな時に、ふらっと立ち寄れる場所でありたい――岡本先生の接客には、常にそんな気遣いが込められています。
● 「焦らず、でも止まらず」これからの歩み
現在、岡本先生は店に一人で立ち、商品の管理からお客様対応まですべてを担っています。
「V字回復を目指して」と笑いながらも、どこか落ち着いた表情。
SNSや広告など、新しい情報発信の手法にも前向きに取り組みながら、焦らず、でも止まらずに進んでいます。
一人で守るカウンター、その奥に流れる家族の記憶と、地域への想い。
神戸ファーマシーには、あたたかく、確かな“心の処方”が今日も静かに置かれていました。
記者/畑 世剛(近三連情報部長)
今回九州連合会よりご紹介するお店は、鹿児島県鹿児島市で営業されている、「くすりの誠和堂」様です。
「鹿児島といえばやはり〝桜島〟が一番の自慢です!雄大な姿にはいつも勇気をもらい、鹿児島人としての誇りですね。」と、にこやかに話される、鹿児島部会長の阿世知繁先生のお店に訪問してきました。
鹿児島には、黒牛、黒豚、黒薩摩鶏、黒酢、黒千代香(くろじょか)、黒麹などなど…
鹿児島を訪れた際は、「黒」を目印にしていろいろ楽しんでくださいねと、鹿児島愛溢れる先生です。
今年は最強最長寒波で、鹿児島県内もたくさんの雪が降り、桜島がめずらしく雪化粧となりました。
以前までは、同じ九州内でも遠い鹿児島県のイメージがありましたが、2011年に九州新幹線が全線開通してからは、博多から鹿児島まで最短で1時間20分ほどで行けるようになり、意外と近い鹿児島県になりました。
くすりの誠和堂様は、九州新幹線の終着駅「鹿児島中央駅」より車で10分ほどの山の上の住宅地の主要道路に面して位置しており、お店の向かいにはスーパー、鹿児島銀行、郵便局があり、車も人の通りも多く、活気のある場所で営業をされています。
阿世知先生は、30年ほど前に、西鹿児島駅(今の鹿児島中央駅)前にあった誠和堂薬局に入社され、石塚叔郎先生のもとで薬業人としてスタートされました。
2015年に大恩ある石塚叔郎先生が亡くなられ、その後駅前の再開発にあたって店舗の立ち退きを余儀なくされ、それとともに会社は廃業。阿世知先生は、誠和堂の屋号を引き継ぎ、一度駅の近くに移転をされています。
その後、2021年に現在の場所へ引っ越しをされ、くすりの誠和堂の新たなスタートを切られました。
店舗の中におじゃますると、たくさんのポスターやポップを使っての訴求をしっかり行われており、日専同で学んでおられる『見える化』を意識して、気づきや相談のきっかけづくりがされていました。
また、薬だけではなく、趣味で作成されたプラモデルや、お母さまの手作りのレース編みの作品なども外から見えるようにディスプレイされており、先生のお人柄をしっかりアピールされておりました。
それらを見て、お店に入ってこられるお客様も案外多いんですよ。そこから健康相談に移行することもあり、趣味と実益を兼ねたありがたい展開ですと笑ってお話されました。
また、作業机ではお母さまがレース編みを作られており、ここがお客様との交流の場になっているそうで、「作り方を教えてほしい」とのお客様の要望もあり、このスペースを活用してさらにお客様とのつながりをもっと深くしていきたいと言われていました。この地域の中で、買い物ついでにふらりと立ち寄ってみようかなと思わせる、そんなお店なんだろうな・・と感じました。
また、駅前で営業していたときのお客様も、わざわざ山の上のお店まで足を運んでくださっているそうで、感謝の気持ちでいっぱいですよとお話されました。
そんな阿世知先生は、とても物腰の柔らかい方なのですが、相談を受けておられる姿を拝見していると、お客様の声に寄り添って、いけないことはいけないと強くしっかりとした口調でお客様の心に届く言葉を巧みに使い分けながら助言をし、健康指導をされていました。お客様の健康に真剣に向き合っているからこそであり、最善の方向へ導いていかれる姿がとても勉強になりました。そんな阿世知先生ですが、普段あまり受けない相談の場合にちょっと焦ってしまうこともあるそうで、そんな時は石塚先生から頂いた言葉のひとつである「まずは深呼吸してから相談に入りなさい」ということを大事にして日々、お客様と向き合っておられるそうです。
そして、どのようなお客様にも日々感謝の気持ちで接客、応対することを常に心がけてますとお話されました。
恩師である石塚先生がゴールドの輝かしい実績を築き上げた「誠和堂」の屋号を受け継がれてから10年、息子のように接してくださった石塚先生の想いを心に秘め、教わったことを日々コツコツと実践されておられます。その想いに報いることができるよう、今後も地域のお客様の健康を一番に考えながら、地域のお客様に愛され続けるお店でありたいとお話されました。
最後に、お忙しい中、今回の取材を快くお引き受け頂きました阿世知繁先生、取材協力をしてくれた鹿児島部会の鎌田隆司先生に心より感謝申し上げます。
記者/南里徹也(九州連情報部長)/鎌田隆司(鹿児島部会・ヤング)